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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年1月26日~3月20日

激動の平成元年

平成元年は私にとって激動の年だった。それまでは大手造船会社の中間管理職として、60歳の定年まで7年ほどを残していたが、退職後は小さな家でも建てて、趣味や行楽で過ごすという、穏やかな余生を想像していた。ところがその少し前から雲行きが怪しくなって、これまでの技術や経験と無関係な職場へ配属された後に、いわゆるリストラ政策によって早期退職を強いられたのである。こんな大企業でなぜの思いもあったが今は語るまい。それよりも我が家の経済維持が目前の課題で、例えば老いた母を養い、2人の大学生を育てていた。失業保険は1年ほどで終わり、退職金は容赦なく徴税された。銀行の金利は急激に下がり、消費税の導入も近づいていた。年金受給まで先は長く、やがてストレスから自律神経も不調になってきたが、職安の「査定専門員」という求人を見つけて応募したら合格して、研修期間や実務訓練の後に、三重県担当者として平成元年から実務についた。この仕事は地方公務員の共済制度、つまり一般でいう自動車保険のことで、交通事故の発生ごとに、契約者の所属する役場を訪問して、発生状況、車両損害、人身被害等の調査と相手側との示談成立までを職務として、共済金の支払いをするものだ。月に10回以上に及ぶ遠隔地の役場訪問や、事故ごとに変わる人間同士の対応は、50代を過ぎてからの取組みとして無理だったようで、5年ほどの勤務後に初期胃がんを患い、摘出手術と同時に退職して程なく年金生活に入った。仕事の中身を十分に知らないまま、就職した査定専門員から30年近くが経過し、年齢も80代を越えたが、造船会社勤務時代に想像した穏やかな余生が実現することはなかった。

三重県津市 西内正弘さん 81歳 会社・仕事就職・転職心身の変化悲しみ

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