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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年1月26日~3月20日

悲喜こもごものこと

平成元年は、30年が経った今でも折に触れ、思い出されることばかりです。我が家に起きた出来事を順を追って話してみます。「平成」の二文字がまだ馴染まない2月、名古屋と長野市の中間にある故郷で一人暮らしの父にがんがみつかり、弟夫婦が住む長野の病院に入院が決まりました。近所の方々に見送られ、粉雪舞う里を後に特急で1時間30分。父は弟夫婦にお願いして、後ろ髪ひかれる思いでしたが、家でも次々と予定が入っていたので帰宅しました。長女の結婚が決まったため、結納式を自宅でし、結納返しは日をあらためて先方におうかがいして無事に済ませたのですが、ホッとする間もなく、出産以外入院したことのない私が救急車のお世話になり3週間の入院。父のことも気掛かりでしたが、自分の体調のことや、また婚礼準備も当時は紅白の幕を張ったトラックで運ぶ家も多く大変でした。10月中旬、式の前日に父が亡くなり、結納式を済ませてすぐに留袖を喪服に着替え、翌朝に特急で長野市に向かい、荼毘に付し、その夜父が80年過ごした故郷で式をするため、実家に帰り、親戚、近所の方々のお世話になり、式と納骨を済ませました。四十九日の供養の後、父が親しくしていた方々への挨拶、喪中はがきの注文。気が付いたら師走になっていました。この年、美空ひばりさんの旅立ちも忘れられないことの一つです。同年生まれの私の人生は、ひばりさんの歌と共にありました。当日は東京でファンのみなさんと一緒にお別れの“ありがとう”を大きな声で言いたかったです。涙あり笑いありのあっという間の一年でしたが、今は八十路を歩みはじめた私の人生も終活に入りました。冬期オリンピックをテレビや新聞で見たり読んだりしていると、これから歩みはじめる子どもたちのために、なおさら世界の平和を願わずにはいられません。

愛知県清須市 原田宣子さん 81歳 喜び家族・親族心身の変化別れ悲しみ

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