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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年3月15日~4月30日

金沢への転勤

平成3年4月、私が50歳の時、名古屋家庭裁判所豊橋支部から金沢家庭裁判所に転勤を命じられた。豊橋支部に在勤中の2年間は、新城市の自宅に妻子と同居していたが、再び単身赴任することになった。金沢家庭裁判所は兼六園の向かいにあり、よく園内の店で昼食を取った。金沢の町並みは瀟洒で落ち着きがあり、中心街の香林坊を行き交う人々は、品が良くて皆美しかった。中央商店街には地元特産の九谷焼がきらびやかに並び通行人を魅了した。流れの急な犀川、流れのゆったりした浅野川はそれぞれ男川、女川とも言われ、その対照が愉快だった。その年の夏休み、高校生になった三つ子の息子たちが、官舎に私を訪ねてきた。彼らは金沢駅で特急電車を降りると、バスに乗らずそのまま、終点に近い官舎まで歩いたと言い、元気そのものであった。息子たちが来るのであるから、仕事を早く終えて帰宅し、ごちそうでも食べさせてやるべきところ、この日もいつものように残業してしまい、かなわなかったことがいまだに悔やまれる。金沢は愛知県ほど道は広くないので、暴走族はいないだろうと思ったが甘かった。鑑別所に次々と少年を収容し、定員いっぱいになろうとするとき、少年とその保護者と面接し、報告書及び意見を作成する私たち調査官は大忙しだった。彼らは暴力団とつながりがあり、中には何日も自宅に帰らず、仕事せず、空き家を根城にしている者もいた。冬になると街は雪に埋もれ、家の前の毎日の雪かきは、雪の降らない東海地方から見ると、全く余計な労力だし、空には雲が低く垂れこめ、どんよりして、やがて雨が降り出したかと思うと、次いで、かんかん照りになったりと、1日の天気が目まぐるしく変わった。朝から1日中晴れ上がるようなことはまず無く、外出時には傘が手放せなかった。私の体調は天候に左右されやすかった上に、単身赴任の影響もあって、やがてかつて患ったうつ病をぶり返すことになった。

愛知県新城市 山本満保さん 77歳 家族・親族会社・仕事新生活・引越心身の変化

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