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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年3月15日~4月30日

いつか朝陽と夕陽の見える場所に

当時、わが家は毎日のように経済苦に悩み、お金に追っかけられる毎日でした。夫は自営で小さな工務店を営んでいましたが、人の良い主人の仕事は赤字続き、私も旅行会社のパートに就きましたが、借金取りが毎日やって来ました。主人が留守のときは鍵を掛け、息を潜めて借金取りから逃れていました。もちろん住まいは借家、大家さんが「家賃を上げたい」と度々言ってきました。54歳だった私は、旅行会社の集金係を担い大変でした。でも休日を利用して地域の人たちとの交流は大切にしていました。平成4年1月23日、わが家に地域の数人を招き、「おしゃべり会ルネッサンスの集い」と称して、語らい合っていました。たまたまラジオから「日曜日、どうしていますか」の問いかけがあったので、一枚の紙にこの模様を書いて放送局にファックスしました。すると間もなく放送局から電話が入り、私たちの笑い声が全国放送の電波に乗って流れたのです。ほんの少しの時間でしたが、私は決意しました。今は借金取りに追われ、住まいも追われる日々であっても、いつの日か必ず、朝陽と夕陽の見えるロケーションの良い場所に住みたいと。時は移り、20年の歳月が流れた73歳の誕生日、願い通り朝陽と夕陽が見えるロケーションの良い所に住むことができ、今80歳になりました。私にとって平成4年は、遠くではなく、いつも「挑戦する心」を思い出させてくれる、輝きに満ちた年です。

愛知県名古屋市(北区) 小野寺陽子さん 80歳 家族・親族心身の変化

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