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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年3月15日~4月30日

大台が来た

自分にとって平成の前半分はあまり良い時代ではなかった。外注先の品質問題で外出の際、社長に「ワシも一緒に行く」と声を掛けられた。「相手が警戒するからまずいですよ」と言ったが、それ以上は断れない。強引に乗り込まれた。その車中で「君は今いくつになる」「は、49です」「そうか、いよいよ大台ってわけか」「はあ馬齢を重ねたって感じで」と先回りした。「そうだよな、ところで課長になって何年かね」、こういう謎掛けをしてきた時は危ないと評判の人だった。「31からで18年になります」。「そうか苦労したんだろうな」と、話がどこに行くのか少し身構えた。「18年も課長をやって、なお上に上がれなければ自分で考えないといかんな」。来た、来ました。理由は聞かずとも分かっている、最後まで聞いたら絶対危ない。差し押さえの赤紙を貼られた気分で、帰りの車中は気まずい雰囲気になった。古参の上司からは「酔翁の意は酒にあらず」とも、「ちょっと来いに油断するな」とも教えられていた。昭和57年に親会社が工販合併してから平成4年でちょうど10年。私の勤務先はその「販」に属した子会社で、それ故に合併後の位置付けが微妙な、従業員200人の特殊部品メーカーであった。グループ内での淘汰対象との噂があり、リストラは必至と多くが予想していた。スマートで大企業勤務の経歴を持つ人たちが次々に途中入社して、工業高校出身の泥臭い自分の居場所はどんどん狭くなった。しかし家には高1と中2の息子がいて、簡単にギブアップはできない。おまけに世はバブル崩壊で株価が最高値の4割にまで下がっていた。定年まで右肩下がりの、残り11年は本当に長かった。追々、その話をしてみたい。

静岡県浜松市(西区) 犬塚賢治郎さん 74歳 流行・世相会社・仕事

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