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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年4月15日~5月31日

社会の移ろい~やがて冬へ~

今から四半世紀前、平成5年の春に18歳で建設業に入社した。バブルの恩恵をリアルに感じるにはまだ幼い高校生だった私の身にも、その「崩壊」はじわじわと染みていくことになる。進路選択を迫られた高3の夏、就職率が高いとされていたわが校でも、わずかながら求人が減ってきていた。縁故入社できる望みも無く、中途半端な大学に入って就職氷河期に放り出されるよりはと、シビアに就職を選択(四大を卒業する同級生が就職活動に相当苦労したことを、既にOL生活を満喫していた私は後から知る)。業種もよく分からぬまま求人票をめくり、規模と近さだけで決めて内定をもらった会社であったが、今思えば入社当時はまだバブルの余波が残っていた。入社早々に手にした、最初で最後の決算賞与。新入社員をもてはやすため毎週のように開かれる懇親会。老舗高級旅館への社内旅行。「交際費」の費目印をひたすら押し続けたバーやラウンジの領収書。しかし、懇意にしていた政治家にすがっても、公共事業は先細りの一途。そこから20年余りも建設業の冬の時代は続いた。年々減っていくボーナス、繰り返される組織変更。見せしめのため始められたリストラ。ボーナスが1ヵ月分を下回ると同時に私は退職を決断する。勤続10年超。「腰掛けOL」という言葉がまだ普通だった当時、女性の割に激務の部署を転々とさせられたが、必死に食らいついた経験が、その後の転職を手助けしてくれた。当たり前のように軽自動車に乗る平成生まれの“男子くん”が職場に増えていく昨今、かつて車が男性のステイタスだったことを知っている私は、幸せなのかもしれない。酸いも甘いも教えてくれた10数年のOL時代、そのスタートが平成5年だった。

岐阜県岐阜市 山田有美子さん 43歳 会社・仕事就職・転職

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