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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年4月15日~5月31日

ハイカラだった義母の話

平成5年、結婚して18年の月日が流れていた。始めから姑と同居の生活で、世間一般にいう嫁姑問題は少なからずあったが、一男一女に恵まれ平凡だが多忙な日々を送っていた。後にこの平成5年に姑は他界するのだが、あの頃が一番思い出深く心に残っている。大正時代に生を受けた姑は、東京生れ東京育ちでとてもハイカラな人だった。山陰の片田舎で育った私から見ると、姑の娘時代は花の東京を想像するのに十分で、話を聞くのが楽しかった。例えば東芝のOLだったことや、資生堂パーラーでパフェを食べたエピソード、歌舞伎をよく見に行ったり洋画が好きで「テンプルちゃんがかわいかった」という話、タイロンパワーが好きでとても魅力的だったなどと話してくれた。そんな義母の体調が悪くなり、入退院を繰り返す日々が続いた。母の口から楽しかった娘時代の話はすっかり消え、病気は深刻なものとなっていった。正月も病院だったので面会に行くと、ベットの上に座りにこやかに新聞を開いていた。その一面には皇太子殿下のご婚約の記事が大きく写真入りで載っていて、とてもうれしそうに眺めていた。病室の他の患者さんたちもそれぞれベッドの上でニコニコしていて、病室が華やいだ雰囲気になっていた。義母がポツリと、「6月の成婚式が見られるかな」と話し、寂しそうにしていた姿を思い出す。楽しみにしていたがその日から10日後に天国に行ってしまった。あれから25年が流れた。義母も名古屋に嫁ぎ、戦後は何かと苦労があったようだが、今の東京を見たら何を思うだろうか。義母の年齢にだんだんと近づき、あの頃のことを最近特に思い出す。

愛知県名古屋市(昭和区) 内田光子さん 68歳 家族・親族別れ悲しみ

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