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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年4月15日~5月31日

母の思い出

平成5年1月8日、大切な実家の母が亡くなった日です。午前10時過ぎにジュースが飲みたくなったと言うので、抱っこして飲ませたらおいしそうに飲み、それから間もなく息を引きとりました。安らかな顔で眠っているようでした。77歳でした。戦争中は、戦争に借り出された父に代わり5歳と2歳の妹を連れて逃げ回ったり、防空壕に入ったりと必死でした。幸い父は復員しましたが、戦後の貧しい時代に母は慣れない手つきで畑を耕やし、キュウリやトマトなどの野菜を作ったり、ニワトリを飼って貴重な卵を食べさせてくれたりしました。イナゴやタニシを一緒に取りに行ったのは良い思い出です。時は過ぎ私も妹も世帯を持ち、母には6人の孫ができ平穏な日々が続きました。時々電話をくれたり、孫のことを心配してよく手紙を書いてきました。そんな母は60代の頃からリウマチを患い、痛みの続く日々だったようです。確かに難しい病気ですが、今では治療法も進歩したと聞いています。当時ステロイドホルモンを大量に投与されたそうで、体重は大きく減ってしまいました。家の中で倒れて骨折を繰り返していました。平成4年の秋、老いた父に介護をさせてばかりでは悪いと母を引き取りました。当時は介護保険制度がまだ確立しておらず、2人の娘に手伝ってもらいお風呂に入れていました。平成5年のお正月、「お餅が食べたい」と言うので小さくちぎって口に入れてやったら、「もっと大きいのでも食べられたのに」と文句を言っていました。なかなか飲みこむことができず、少量の食事でも1時間くらいはかかっていたのに。私も昨年、亡くなった時の母の年齢を超えました。晩年は辛かった日々でしたが、どうぞ安らかに眠ってください。

愛知県名古屋市(守山区) 佐々木恭子さん 78歳 家族・親族別れ悲しみ

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