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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年4月15日~5月31日

天国から地獄へ

平成6年は運命の年になった。正月明けの勤務から25人の課を担当することになった。昭和14年9月生まれの私は、56歳定年まで1年9ヵ月の任務になる。それまでは1人だけの職場で、毎日定時で帰宅という気楽な身分だった。1日目の仕事は生産計画を立案し、レシピを発行、作成。それを現場に流し、仕上がり品をチェックして、ゴーサインを出す。事故品については、指示を与える。とにかく稼働率を上げ、出荷期日を守らなければならない。2日目は現場仕事。重労働の現場で、日雇い作業員が1時間もしない間に帰ってしまったという厳しい現場だ。そこの主任が人間性に問題のある人で、誰も一緒に働きたがらないため、責任者の私が仕事をすることになった。この現場は1日置きの稼働なので、2日分の計画を作成し、レシピも2日分作成することになる。毎日夜遅くまで残業。時には午前になるまで仕事をした。4月に課長代理を拝命した。この重労働がその後、私の運命を左右した。翌年8月、疲労が原因で注意散漫になり、機械から落下して肋骨と膝を骨折になる重傷を負った。公傷中に56歳を迎え、役職を解かれ準社員となった。そのまま、同じ現場の拝命を受けるが、翌年の12月、再度落下して腕を骨折して全治1ヵ月の重傷。60歳まで準社員で働けるところを、命の危険を感じ2年半余りの期間を残して、早期退職した。あの職場替えが無かったら、60歳の定年を家族に祝ってもらえたと思うと残念である。

愛知県北名古屋市 石川昌明さん 78歳 会社・仕事心身の変化悲しみ

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