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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年4月15日~5月31日

没落

1994年になり、社内も社会もさほど変わらぬ日々が始まった。そう思っていたら1月末に、「倒産」の予定が幹部に発表された。営業赤字が続き、誰が見ても延命不能となったのであろう。社員には、N社の大手ディーラーで、その頃名古屋に大きな営業所を持ったO社に移籍するので、面接を受けるよう指示された。しかし私は、子会社の役員であり、管理職であり、かつ小規模なチームで機動的にシステム構築を行うスタイルで仕事をしていたため、大組織で業務を行うO社のスタイルは合いそうもなく、面接時に辞退した。会社はその後倒産し、子会社は営業中止を宣言して休眠会社となった。創業者は別業態の運営会社を起業し、その店舗用システムの構築をオーダーされたため、私は、バブルの最中に子会社を辞めてシステム会社を起業していた人の元を訪れ、そちらでシステム開発を継続することにした。このシステムは、宅配サービスを行う飲食店で、電話を受けながらタブレット端末で注文と顧客情報を入力するもので、手書きよりも速く、間違いなくできるため、重宝がられた。当時はWindows3.1が1993年5月にリリースされたばかりで信頼性が低く、DOS上でグラフィック画面を表示する必要があったため、開発者は苦労したものである。その年の秋には、評判を聞きつけたコンピューターメーカーF社の関西の営業所から問い合わせがあり、関西に本部のある宅配ピザ業での導入に向けて打ち合わせが始まった。

愛知県名古屋市(緑区) 川島正さん 61歳 会社・仕事就職・転職

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