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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年5月15日~6月30日

うれしさも、せつなさも

長男に孫娘が誕生したのは元日である。周囲の人の「新年おめでとう」の挨拶は、この孫への祝詞と思えて、祖父までもうれしく、幸多かれと祈りながら、前途洋々と広がり胸が膨らんだ。それもつかの間、1月17日午前5時46分、朝食中に発生した阪神大震災にはおののいた。前年3月から勤め先を定年となり、子会社への勤務に変わったことで、勤め先が従来より10キロ余り遠くなったので出勤時間を早めたが、早朝に大地震との遭遇であった。自身の詳細が判然としないまま出勤、テレビで震源地が神戸だと分かった。阪神高速道路の倒壊した無残な姿、神戸市内各所で火災発生、加えて家屋の倒壊がたくさんの犠牲者を生んだ。過去に勤めた大阪の勤務地が気になったので、照会して、異常が無いことをを知った。名古屋市高速道路公社は、震災で高速道路の倒壊被害を目にして、安全向上のため支柱を鋼板で囲うことを学び、東海地震が懸念される時でもあったので、速やかな補強対策を進めたのは、的を得た対応と思った。郊外に住み2歳となった男の孫の成長は目覚ましく、乗り物に関心を持ち新幹線に興味を示すので、休日には可能な限り連れ出して新幹線を見せ満足させてやった。家庭では92歳になる母親が、年の後半になった頃から意味の分からないことを話すようになった。手元にあるのに「財布が無くなった」、食事を終えたばかりなのに「ご飯をまだ食べてない」などである。ついにわが家にも「恍惚の人」の誕生かと、暗たんたる気分となった。おむつは、以前から使用しており、時間を見計らっての交換を実践していた。足が弱い母の活動範囲は室内に限られていたので、家族が総出で外を探したり、周囲に迷惑をかけたり、警察沙汰にならなかったのは、大変救われたと思っている。

愛知県名古屋市(南区) 森部三登野さん 83歳 喜び家族・親族天候・災害出産・育児悲しみ

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