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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年5月15日~6月30日

阪神淡路大震災と労使交渉

前年10月に福井に単身転勤した私は、年末には家族も迎え入れ、家族そろって雪国での初めての正月を過ごした。そんな新年の気分も覚めやらない1月17日の早朝、阪神淡路大震災が発生した。マンションの4階に住んでいた私は、ゆっくりとした大きな横揺れを感じたとき、福井からそれほど遠くない場所でかなり大きな地震が起きたのではないかと思った。やがてニュースが近畿地方での大地震発生を報じ始めた。時間の経過とともに、道路や鉄道の寸断、火災の発生など映像からうかがえる被害の大きさに、驚きを覚えながら会社へ向かった。運送会社に勤務し、総務責任者の立場にあった私は、まず救援物資の輸送に思いが至った。その日のうちに、業界団体から救援物資輸送のための運転手と車両の派遣要請がきた。そうは言っても日常業務のなかで応援を出すわけで、限界があり、誰でもいいというものでもない。ただちに人選を始め、労働組合との交渉に取りかかった。組合側も初めての経験であり、被害程度や現地の状況がお互いに分からないなかでの労使交渉になった。しかし最終的には、被災地のために最大限できることをの思いで一致し、数回にわたる派遣を行った。普段なら往復で半日足らずの行程を丸2日かかったことからも道中の困難さが想像できたが、被災地に出向いた運転手は帰還すると異口同音に「被災地の皆さんにとても喜んでいただいた。行かせてもらって本当に良かった」と語り、労使の垣根を越えて感涙した。当時の組合側の交渉担当者とはお互いに会社を離れ、住む土地も離れた今でも賀状のやりとりが続いている。

愛知県北名古屋市 内野敬久さん 59歳 天候・災害会社・仕事

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