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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年5月15日~6月30日

定時制高校への進学

全日制高校の受験に失敗し、急きょ定時制課程へ進むことになりました。同時に、昼間は園芸店で働きながら学ぶという、新しい生活スタイルが始まりました。仕事と学業が両立できるのだろうか。無事に卒業を迎えられるのだろうか。希望よりも大きな不安を抱えながら入学式に臨んだのを、昨日のことのように思い出します。生活が豊かになったことに比例し、定時制課程の入学者は減少する一方で、当時1クラス40人を大きくした下回ることも珍しくありませんでした。そのため、入学早々に厳しい現実を目の当たりにしました。「なぜ今どき定時制」「何か理由があるの」「落ちこぼれ」といった言葉を世間から浴びせられたり、冷めたい目で見られることがよくありました。勉強でつまづいたり、職場でミスをして、先輩から叱られること以上に辛かったです。この状況は卒業まで変わりませんでした。その頃、阪神大震災からの復興に向けた動きや、オウム真理教関連の事件が連日報道されていました。ボランティア活動を通じた助け合いの精神、高度な知識を悪用した犯罪など、さまざまな問題が私たちに投げかけられました。それは、人としての在り方や今後の生き方について問うものでありました。私も、学校や職場、世間の目と、自分の置かれた立場に悩み、苦しみながらもそれらのニュースと自分を照らし合わせいろいろと考えました。将来の進路を含め、今後の生き方、考え方など、道を模索し続けている状況でした。在学中で最も悩んだ時期であり、全てから逃げ出したい、辞めたいと毎日思っていました。クラスメートも私と同様に大きな壁にぶつかっている人が少なくありませんでした。働きながら学ぶという環境の変化について行けず、1人また1人と学校を去る仲間が増えることに寂しさを感じました。ここで私は、とにかくできるところまでやってみよう、続けてみようと、考えを改めました。半年を過ぎる頃には退学者も減り、落ち着きました。また気の合う仲間が数人できて、通学が以前よりも楽しくなりつつありました。これは続けられるかな、と思った瞬間でもありました。それからも仲間同士励まし合い、競い合い、時にはぶつかることもありましたが、みんな一緒に卒業することができました。私も4年間ほとんど休まず通い、精勤賞をいただくことができました。賞をいただいたことや、4年間やり遂げたことは、大きな自信につながりました。卒業後は、店舗の清掃の仕事をしながら、通信制の大学で学び、無事に卒業することができました。定時制で得たことが基礎になったのは言うまでもありません。ここ数年の新聞などの報道によると、近年定時制課程への入学希望者が増加し、一部の学校では不合格者が入試で出るなど定時制を取り巻く環境が変わりつつあります。本来の目的である経済的理由による入学のみではなく、多様な生き方としてひとつの選択肢としても受け止められているようです。それに伴い、わけあり、落ちこぼれが行く学校といった差別的な見方も少しは和らいだように感じます。今振り返ると、阪神大震災やオウム真理教事件の背景が、社会に与えた影響が大きかったと思います。つまり従来からの考え方や見方、今後の生き方などについて考える機会になったと私は思います。価値観の変化です。そういった意味で、平成7年は私にとっても、社会にとっても、大きな転換期であったと改めて感じました。

愛知県江南市 大野暢史さん 38歳 友人・仲間流行・世相天候・災害学校・学び就職・転職

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