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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年5月15日~6月30日

母の存在

平成7年、私は小学2年生だった。当時、担任の先生と合わず反抗する私を問題児として扱い、クラスにもなじめない私は学校生活を楽しむことができなかった。そんな日々のなかで、体験したのは大きな地震だった。平成7年1月17日午前5時46分、私は母の「すぐ起きて」という声で目を覚ました。部屋が揺れている。家の中の物が落ちる音がした。私は一体何が起こったのか理解できなかった。母はとっさに私を守った。上から何か落ちてくるかもしれないと思い、身を挺して私を守ってくれた。当時住んでいた大阪は震源地から離れていたとはいえ、かなりの揺れを感じた。怖かった。とにかく怖かった。震災から1週間ほどしてから、私は学校の授業である話を聞いた。カトリックの小学校に通い、「宗教」という科目があった。シスターによると、神戸市内の教会でなぜかイエス様の像はそれほど破損することは少なかったのだが、マリア様の像は倒れるなどして破損することが多かったという話だった。シスターは「おそらく母であるマリア様がとっさにイエス様を守ったのではないか」とおっしゃった。私はその話を聞いて母のことを思った。当時、学校生活に楽しみを感じることのできなかった私を、母は根気よく見守ってくれた。担任の先生と何度も話したり、学校生活以外で楽しめることはないか一緒に考えたり、私の支えになってくれた。当時の私を母はとても心配しただろう。しかし母は毎日ニコニコしながら「何とかなる」と慰めてくれた。あの大震災では多くの人が命を奪われた。当時、母を亡くした人もたくさんいただろう。私は現在、2人の子どもの子育てをしながら母として何ができるか毎日模索中である。子を守る母ほどこの世に強い者はいないと私は思う。私の母が守ろうとしてくれたように、おおらかな気持ちで子育てを頑張りながらしっかり生きていきたい。

愛知県名古屋市(名東区) 山下理子さん 32歳 家族・親族天候・災害学校・学び

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