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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年5月15日~6月30日

ボランティア元年

地震があったことはテレビで知ったが、疲れていたからその日はすぐに寝てしまった。翌朝、テレビは地震の報道をしていたが、煙が3本ほど上がっているだけで、たいして被害は無いと勝手に判断して出社した。夜帰宅すると、被害が大きいと盛んに報道していた。当時、勤めていた会社にはその前年からボランティア休暇制度が導入されていたので、これを利用してボランティア活動をしようと思い立った。神戸に向かったのは震災から4日目であった。不思議なことに大阪まで新幹線が動いていたのでそれに乗り、大阪からは歩いて神戸を目指した。神戸にはまだボランティアを受け入れる体制がなく、勝手に小学校の避難所に行った。だが、その混乱は目に余るものがあった。何をしたら良いのか相談する人が見当たらなかったから、一番汚れが目立っていた簡易トイレの清掃を勝手にすることにした。プールから水を運び、トイレを清掃する作業であった。最初はひどい汚れと感じたが、すぐに慣れた。一方で、避難していた人たちの気が荒れていたため、ののしられることもあり、“ボランティア活動をしているのに”と思いながらも、我慢して活動した。考えてみれば、当時はまだボランティアをいう言葉も一般的でなく、活動する人にも何の印もない状態だったので、怒鳴り散らす人は、公務で活動している人かボランティアかの区別ができなかったのだろう。こうして5日間にわたり活動して帰宅した。感謝される言葉もなく、疲労感だけが重く感じられたのを覚えている。しかし2年後、県知事から感謝状が贈られ、気が晴れた。その後、阪神大震災が「ボランティア元年」と言われるようになった。

愛知県尾張旭市 浅野憲治さん 70歳 喜び天候・災害怒り

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