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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年5月15日~6月30日

暗黒時代の始まり

平成8年は私のリストラ元年になった。それまで元号など気にしたことがなく、ひたすら定年まであと何年という数え方をした。それが53歳にして役職定年がやってきて、新設された制度の適用第一号になった。他の3人も同じく降職になった。22年課長職だった。それがいつか「万年さん」と呼ばれ、さらには名ばかり人聞きのよい「副参事」という身分職名の倉庫係になった。移動先は直前まで本人には知らされず、社内アングラ放送で聞いた。「使いにくいと言われないよう、今までをしっかり反省して、仕事してください」と、犯罪者を裁判官が説諭するような言葉と嘲笑に送られた。長男は大学2年、二男は来年大学を目指していたから、ここで折れるわけにもいかないが、役職手当が無くなっても、基本給が3割カットになっても、「みなし管理職」とされ時間外手当が無く、暮らしはたちまち困窮した。先立つこと3ヵ月前、親会社の監査役に呼ばれた総務役員が、「あんたのとこはまだリストラしとらんのかね」と言われて帰ってきた。そこからバタバタと制度が作られ、ヒアリングの後にあっという間に役職者リストラ名簿ができあがった。親会社の工販合併から14年が経過し、バブル崩壊の真っ最中。関係会社の整理、選別、淘汰の必要があり、見栄えからいっても、高卒の課長は最初に整理される宿命だった。伏線は少し前にもあり、リコール問題でかなり大きい親会社負担が発生した際、「技術開発の責任者とスタッフの名前?経歴を教えろ」と要求があったという。リストラの実施はもう時間の問題だったと、今になって気がついた。この後の定年までの7年間は41年の会社人生における暗黒時代になった。そのことは別の機会に書くとしよう。

静岡県浜松市(西区) 犬塚賢治郎さん 74歳 会社・仕事悲しみ

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