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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年6月15日~7月30日

リストラの始まり

景気は循環するものであり、良いときの次は悪いときがあり、辛抱すれば次には良いときが来ると信じていたが、この平成9年頃から、戦後の経済循環の常識が通用しなくなった。当時勤めていた会社では、受注量が極端に少なくなり、現場の製造作業員は、出勤してもすることがなくなった。初めの頃は、機械を磨いたり、工場敷地内の除草作業をしたりして時間を潰していたが、その作業が一巡する頃には、本当にすることがなくなってしまった。そんなとき、比較的作業量があった愛知県内の自動車の工場への出向が検討され、若くて元気のある者から派遣されることが決まった。最初の派遣対象者には、工場を挙げて盛大な壮行会が行われたが、二次の派遣からは、壮行会は行われなくなった。派遣期間は、最初は半年のはずだったが、いつの間にか1年間となり、次は無期限になった。自動車工場での作業は、よほど厳しいものだったようで、派遣作業員は次々に退職していった。その穴埋めに、追加の派遣が行われるという、無限地獄のようになっていった。そのうち、派遣をリストラの手段にしようと、高齢の者、会社の方針に反対する者が派遣されるようになった。その後、派遣がなくなったのは3年後のことだったが、全派遣者の半分以上は退職しており、工場に帰ってくることはなかった。しかし、本当の意味でのリストラは平成12年頃から始まり、それはそれは残酷なものとなっていった。

愛知県尾張旭市 浅野憲治さん 70歳 喜び流行・世相就職・転職

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