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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年6月15日~7月30日

わが家も世代交代の波に

明治生まれの母親が3月に94歳で永眠した。明治、大正、昭和そして平成と、4時代を歩んだのは見事だ。2年前に恍惚状態が散見され、年初から2ヵ月間の入院中に事切れた。父の享年は74歳だったので、20年も長命だったから、幸せだったと思う。一人となってからの20余年の間は、近所の親しい人たちとの団体旅行を楽しんでいた。母親への孝行は特別に何もしなかったが、2年余りの私の転勤中の他は、常に生活を共にしてきた。不満や不安は何も言わない母だった。ひ孫を抱いたときにはにこにこして、大変喜んでいた。平成8年には、外孫の誕生で、孫は3名となった。わが一族にも世間並みに世代交代の波がやってきた。娘も就職したので、父親としての私の責任は、完遂とまでは言えないが果たしたつもりだ。この年は、退職して年金生活を始めた記念すべき年である。しばらく静養した後、無理のない簡単なパート業務を選んで働き始めた。この機会に、関心はあったもののなかなか手が出せなかったワープロの訓練を始めた。手はじめは、日々の本紙朝刊の「社説」や「中日春秋」、その他の記事を適当に選び、それを写し取る単純な作業を繰り返した。その間に、朝刊の発言欄にも目が向き、私見を投稿するようになった。6月13日、2005年の万博開催地が瀬戸市に決まったのは、ビッグニュースだ。カナダのカルガリと激しい誘致合戦の末に手にしたもので、国、愛知県、県内企業に加えて、日本経済連会長の豊田章一郎氏の強い力添えを得ての万博開催地の決定である。当時の愛知県知事鈴木礼治氏は、決定日に会場から青山栄治副知事に「青さん、勝ったよ!」と、ざっくばらんな人柄そのままに電話をかけたとの報道を、今でも鮮明に覚えている。

愛知県名古屋市(南区) 森部三登野さん 83歳 喜び家族・親族イベント趣味・レジャー心身の変化別れ

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