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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年6月15日~7月30日

父の死とW杯フランス大会

平成10年6月の記憶は、父の死とW杯のフランス大会がクロスオーバーしている。この年、サッカー日本代表は初めて出場を果たした。そして大会期間中の6月23日に父が亡くなった。6月14日、日本は初戦のアルゼンチン戦に挑み、敗れた。そのとき、父は手術のために名古屋市内の病院にすでに入院していた。私は勤務の関係で福井市に住んでいた。初戦は福井市の自宅で観戦していた。日本が敗れはしたが、ワールドカップの高揚感は別格であった。6月20日、クロアチア戦、日本は2戦目も勝利をあげることはできなかった。クロアチアの赤と白のユニフォームが躍動していたのが脳裏に焼き付いている。父の手術が2日後に迫っていた。やはり、福井市の自宅で観戦していた。6月23日早朝、父の手術当日、私は車を飛ばして雨の高速を走り、福井市から北名古屋市の実家へ戻った。6月23日早朝、丸1日に及ぶ手術の末、父は帰らぬ人となった。6月24日の通夜、6月25日の葬儀が終わって、翌6月26日はグループリーグ最終戦のジャマイカ戦。疲労と虚脱感のなか、北名古屋市の実家で観戦した。中山雅史が日本代表の初ゴールをあげた。ボールがゴールネットを揺らすと、彼はすぐにボールを拾い上げ、誰よりも素早くセンターラインへ駆け出した。しかし日本は敗れた。こうして日本の初挑戦は幕を閉じた。それ以来、私にとってW杯の季節は父の季節になった。

愛知県北名古屋市 内野敬久さん 59歳 喜び家族・親族流行・世相心身の変化別れ悲しみ

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