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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年7月15日~8月30日

ドーム野球も3年

平成11年、私は22歳。就職して2年目。会社の雰囲気にもようやくなじんできたゴールデンウイークの2、3日前に、上司から職場異動が言い渡された。休み明けから新職場で仕事することになり、新しい仲間と出会うことができたのが一番の収穫でした。この年の中日ドラゴンズは、開幕戦に、前年新人王で背番号11の川上投手を起用。開幕戦に勝利し、この勢いで日本タイ記録の開幕11連勝を達成。ナゴヤドームが開場して3年目、私は、初めてドームで野球を観戦することになった。その日は9月26日。当日、母親と2人で観に行くことになった。試合は福留選手の本塁打で、1点リードで9回表を迎えた。抑え投手は宣銅烈投手。逃げ切るはずが代打のジョンソン選手に3ラン本塁打を放たれ逆転を許してしまい、ドーム全体が静まりかえった。でも、帰ろうとするファンの姿は見当たらず、私も母親も9回裏のサヨナラ勝利を信じて声援を送った。9回裏、先頭の福留選手が三振に倒れ、4番のゴメス選手、5番の立浪選手が安打で出塁。立浪選手の代走に大西選手がコールされた。6番の山﨑選手が登場。対するのは福原投手。福原投手が投じた2球目。打球はレフトスタンドに飛び込むサヨナラ3ラン本塁打で、見事中日が勝利を収めた。山﨑選手のヒーローインタビュー後に、関川選手のクラウン賞授賞式が行われた。この日はナゴヤドームシーズン最終戦だった。マジックナンバーも5となり、その4日後に神宮球場で11年ぶり5回目のリーグ優勝を果たした。優勝決定試合で山﨑選手は骨折してしまい、日本シリーズへの出場を果たせなかったのが非常に残念だったが、ファンが選ぶ「ナゴヤドーム開場10周年一番印象に残っている試合」アンケートで、第1位になったのは、あの日私が観た平成11年9月26日の試合だった。私はそんな試合を観戦することができて幸せを感じている。ドーム野球スタートから3年かかって果たしたリーグ優勝だ。

愛知県常滑市 後藤章峰さん 41歳 喜び家族・親族流行・世相会社・仕事趣味・レジャー

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