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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年7月15日~8月30日

僕は墓守になる

前もって妻に話していた僕は、52歳の春、3月31日をもって仕事を辞めた。自分で起業し、幕引きをするので、さばさばと。5月にはブエノスアイレス行きの機中の人になる。理由はといえば、大好きな音楽家の墓守になる事だった。取引先には、「何それ、まるで意味が分からん」と驚かれ、「そのピーとか、いったい何者」と尋ねられたが、説明が長くなるので口ごもった。ささいな商いの最初は失敗続き、みるみる貯えは底をつき、妻とふたり途方に暮れた。だが、見通しは明るいといつも楽天的だった。来る日も来る日も好きな音楽に耳を傾け、新しいデザインや、世に問う手法を彼の音楽から学び、闘い方を体内にたぐり寄せた。結果は右肩上がり。バブルもあって、流れにも乗った。大きく手を広げるのではなく、地道に自分の改革を世間に問うやり方で、物事を丁寧にこなすのも真似た。亡くなって7年、アルゼンチンに7回忌の習慣があるかはお構いなしに、アパートを借り、日々、その墓に花を手向けることだった。3、4日置きに訪ねると、初来日の楽屋に押しかけたこと、楽団のメンバーと楽しく過ごしたことなどが甦り、何度も墓標に涙を落とした。悲しいけれど、暗くはなかった。彼が生前暮らした地、劇場、初演会場などを回り、同じように歩き呼吸をすることで懐かしんだ。広大な庭園墓地は多くの作業員が手入れに余念がなく、いつの間にか「墓守」と呼ばれていることにうれしさがこみ上げた。しばらくして、墓地の管理事務所の応接間に招かれ、「隣が1か所空いていますが、いかが」と勧められ、地球儀でいうとはるかに遠い真裏。いくらなんでも遠すぎると、丁重に断った。昨今。世界の有名音楽家が取り上げ、フィギアスケーターが彼の曲で滑り、数多くのメダルを獲得している。その名は「アストル・ピアソラ」。僕が、最も敬愛する音楽家だ。

石川県金沢市 工藤文雄さん 72歳 喜び趣味・レジャー新生活・引越

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