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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年7月15日~8月30日

家族のための戦い

平成12年、57歳の新年は静かに明けた。大問題になるはずだった2000年問題は何事も起こらなかった。定年3年前の年であり、リストラ給与3割カットから4年を経過。それなりにあきらめもついた。1年前には長男の留年騒ぎが勃発して不安な幕開けだったが、卒業の目途も立ちやれやれと思ったら、今度は次男が大学院に進みたいと言い出した。同級生は4割が進学するという。「聞いていないよ、そんなこと」。蔑視、嘲笑にも耐え、机も無い倉庫の隅で寒さに震え、暑さには頭から水を被って耐えたこの4年。「行きたいなら行かしてやろう」と、妻のひと言で決まった。「石にかじりついてでも奨学金なんてもらうな」。妻の実家は貧乏で、子ども3人が皆奨学金を受け、返済に苦しんだ経験から頑固にそう言い切った。「大学院がどんなものか知らないが、なんとかなるだろう。1人卒業するから」。まだ副業を続けなければなるまい。それにしても管理職ではなくなったのだから残業代を支給してくれと何度も訴えたが、はかばかしい返事が無い。意を決して労基署に相談した。担当官は「命令が出ないなら定時で帰りなさい、ずるずるやってないで、きっちり帰ったらどうですか」と、かえって叱られた。これは難しい。私たちの世代では前後の事情をみんな放り出して、定時にぴったりに帰ることなどできるわけがない。しかし帰ってみた。翌朝、出勤を待っていたのだろう、「社長室に来てください」との放送があった。「なぜ帰ったとはいわない。君はやる気がないのかね」、「ボランティアならありがとうと言うけど」─さすがに法学部卒のずるい言い方である。人権擁護委員会にも訴えた。「お話は聞きました、ここにメモもとりました。よく会社と相談してください」。これでは何の役にも立たぬではないか。労働弁護士に相談、親会社の労働組合にも訴えた。「解雇があるかも知れません、覚悟はありますか」。また平成13年の項でこのことを詳しく書きたい。

静岡県浜松市(西区) 犬塚賢次郎さん 74歳 家族・親族会社・仕事悲しみ怒り

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