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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年7月15日~8月30日

親父のひげ

2000年といえば、この近辺に住む人にとっては、東海豪雨となるでしょう。私も初めて自宅を離れる避難を経験し、氾濫した新川からは、わずか1本の美濃街道堤防で浸水を免れるという奇跡ともいえる経験をしました。ただ私としては、同年7月に父親が亡くなったことの方が印象深い出来事です。ひょっとすると、父親のおかげで浸水も免れることができたのかもしれません。自分の子どもが成人に近い年齢になってきたとき、自分が父親にしてもらったことが、自分の子どもにできていないのを実感して、父親の偉大さを思い知らされました。父は、3度のがんを発症し亡くなりました。がん発症の度に外科手術をして乗り越えましたが、3度目のがんには勝てませんでした。医者からも家族からもお墨付きの元気さで、日々動きまわって多趣味を満喫していました。もしもはありませんが、がんに侵されなれば、確実に今年9月に100歳を迎えていたでしょう。私は3人兄弟の末っ子です。父の3度めのがんの時は、私が医師との面談で告知・余命宣告を受けましたが、当時は本人への告知は一般的でなく、父に苦し紛れの説明をし、母や兄弟に伝えるという辛いことをしなけらばなりませんでした。遠方に住む姉兄への連絡も電話などで会話すると辛くなるので、メールでしました。そのために、淡々として冷たいとも言われてしまいました。そんな中、最後の入院となったときに、ベットで休む父のひげを剃りました。なぜかとても感慨深いもので、子どもの頃、父のひげで顔をこすられるのが好きだったのを思い出しました。あの感触と匂いが好きでした。そして、ベッドで剃った父の髭の匂いと自分の髭の匂いが同じなのに気づきました。ひげの匂いは同じなのに、父には決して追いつけない自分を見つけ、あらためて父への感謝の思いが強くなりました。生前の父には何ひとつ親孝行ができず、今さらながら申し訳ない気持ちです。ひげの匂いを嗅ぐたびに、父のことを思い出してしまいます。

愛知県清須市 杉田隆之さん 63歳 家族・親族天候・災害心身の変化別れ

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