年表

時代

年表

閉じる

平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年7月15日~8月30日

水害の恐ろしさと人間の無力さ

平成12年に体験した東海豪雨における水害は、私の価値観を大きく変えた出来事でした。当時、大府駅近隣の駐車場に自家用車を駐車し、大府駅から豊橋駅まで電車通勤していました。東海豪雨当日、終業時刻を過ぎて帰宅しようとすると、婚約者(今の妻)から1本の電話が。「尾張の方はすごい雨らしいよ。自宅まで車で送っていくよ」と。豊橋では雨は降っておらず、尾張がそんな状態になっているとは全く想像ができませんでした。そして、車に乗り込み、大府駅へ向けて出発。近づくにつれて雨が降り始め、大府市の手前の刈谷市に差しかかったときには、国道でも少し浸水している状況でした。大府市に入ると、大渋滞で車は動かなくなりました。あらゆる抜け道を模索し、とある抜け道に行こうとしたところ、少し手前に立っていた人が腕でバツ印をしているのが見えました。改めて先を見てみると、水没した別の車が見えました。これ以上進むと、あなたたちも水没するぞと警告してくれていました。これ以上は車で進めないことが分かり、車を降り、自家用車を駐車しているところまで歩いていきました。そこまで行けば何とかなると思って。すると、そこは想像を超える状況になっていました。近くの川が氾濫しており、そこから漏れ出た川の水で、辺り一面が浸水していました。「なんてことだ」。初めて見る光景に呆然としました。駐車していた私の自家用車も水没しており、水没の影響なのか、他の車はライトが点灯していたり、クラクションが虚しく鳴り響いていたりしました。自宅に帰るためには、腰の深さほど浸水している国道を渡らなければならず、スーツを着たままで渡りました。幸い自宅は高台だったため、浸水は免れましたが、翌日のニュースを見ると、名古屋をはじめとした尾張地域での水害のひどさを知りました。今でも、ニュースなどで浸水した映像を見るたびに、あの日体験した川からあふれ出す濁流のシーンと、下水を含んだ水が引いた後の何とも言えない臭さを思い出します。

愛知県豊橋市 小田晴久さん 46歳 恋人天候・災害

  • facebook
  • twitter
  • line

平成12年の国内・海外の主要ニュースを見る