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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年7月15日~8月30日

東海豪雨

平成12年9月11日。この日の雨量は、いまだかつて経験したことの無いものだった。まさにバケツをひっくり返した様な雨が降り続き、日が沈む頃には道路も浸水して、車のドアも開けられないほどになった。仕事帰りに庄内川の橋を渡り、その異常な水量を目の当たりにした主人は、帰宅するなり「すぐ避難しよう」と言い、子どもたちを抱きかかえて、すぐ近くのマンション7階にある実家へと向かった。ホッと息をついた矢先、ラジオから新川堤防決壊、とニュースが流れた。明るくなり始めた町の見慣れた道路に、サーッという音とともに水が流れて来た。まるで川がそのまま移動してきたような流れは、徐々にさまざまなものを飲み込んでいく。車の屋根も、自販機さえも水の下に。浸水した車からはクラクションが響き、車が悲鳴をあげているようだった。あちらこちらで鳴り響くクラクションは、やがて力つき消えていく。黄土色の水に支配された、住み慣れた町。恐ろしく、悲しい光景を、私たちは無言で眺め続けた。電気も水道も止まり、夜になると聞こえるのは水が揺れる音だけ。奇しくも9月12日は仲秋の名月。雨も止み、風もない夜、月明かりが水面に光の帯を作る。悲しく静かな美しさに、私たちは涙しながら、助けてくださいと祈ることしかできなかった。3日後、やっと水が引いた後は、自衛隊やボランティアの方々に、本当にお世話になった。平成12年9月、この上なく恐ろしい思いとともに、感謝の気持ちも抱きながら、西枇杷島の町は徐々に元気を取り戻した。平穏な町が、まさか被災地になるとは。人生観も変わるような体験の記憶と、感謝の気持ちは忘れることなく、これからの生活に生かしていきたいと思う。

愛知県清須市 吉村希代美さん 56歳 家族・親族天候・災害悲しみ

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