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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年7月15日~8月30日

わが家の東海豪雨

平成12年9月に「東海豪雨」があった。この日、私は夏休みを取っていて自宅にいた。雨がよく降るなと思っていた。自宅は近くに遺跡があるほど古くからある集落で、雨の中、太田川駅のすぐ東にあるスイミングスクールに娘を迎えに軽自動車で家を出た。今は区画整理されて農地はなくなったが、当時はスイミングスクールの脇には蓋をかぶせた排水路があり、周囲には水田があった。私がスイミングスクールの近くに行った頃には一面の湖状態で、排水路沿いのガードパイプを頼りに車を走らせた。もう少しでスイミングスクールというところで乗用車が立ち往生していて、やむなく道路沿いのアパートの駐車場に乗り入れさせてもらった。水の中をジャバジャバと歩いて行くと、小型トラックも立ち往生していた。夜になって少し水が引いたので娘をおんぶして帰ることにした。駅周辺は大雨が降ると水に浸かって電車が止まるほど低く、水深はもう少しでお尻が濡れるほどだった。帰り道の途中の民家は床上浸水は免れたようだが、バケツで一生懸命に水をかい出していた。軽自動車は翌日引き上げに行ったが、車内に水が浸入していてドブ臭かった。除臭スプレーをいくら掛けてもドブ川の臭いが抜けず、妻の嫁入り道具だったが結局廃車にした。翌日は名鉄電車が止まっていたので、自動車で朝早く家を出て名古屋市内の職場に向かったが、午前11時過ぎになっても千鳥橋にたどり着けず、出勤を断念した。東海豪雨は「東海地方の豪雨」とされているが、わ」が家にとっては「東海市の豪雨」で一生忘れられない出来事である。

愛知県東海市 久野容一さん 60歳 家族・親族天候・災害

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