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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年9月15日~10月31日

母とヒデキと私

母の体調に異変が訪れていた平成15年6月、朝のテレビでは「西城秀樹、脳梗塞」を報じた。デビュー当時からヒデキファンの私の心配は、そちらに大きく傾いた。約十年続けていた母のがん治療はわずかに転移の兆しがあった。2つの不安は夏頃にはそれぞれの方向に進展する。ヒデキはステージに復帰。母は余命宣告をされる。10月に大阪でヒデキのステージを見届けた日、私はシルバーの指輪を購入し左手のお母さん指にはめた。母の最期に後悔はしたくないから、ヒデキのステージはこれで最後にすると願を懸けるように。ヒデキを見捨てたわけではなく、私は母を選んだのだった。当時のドラマ「世界の中心で愛を叫ぶ」のサクちゃんのように、愛しい人のために声の限り叫ぶことができたらどんなに救われたのだろうか。母の死を間近にして45歳の私は、夜の浴室で声を殺して泣いた。平成15年も終わろうとしている12月17日、母は私と妹、孫、友人に見守られ69歳の生涯を静かに終えた。1週間後、私は46歳になった。平成30年5月、「西城秀樹、急逝」のニュースが流れた。あの日の願掛けをかたくなに守り続け、ヒデキを遠くから見守った15年、母が旅立ってから15年、お母さん指の指輪も15年が過ぎていた。

愛知県豊橋市 堀田真澄さん 60歳 家族・親族流行・世相心身の変化別れ

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