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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年9月15日~10月31日

母が亡くなった日のこと

平成15年12月20日の朝。前夜からの雪が積もり、浜松市北部のわが家のあたりも一面の銀世界になった日の午後、母は亡くなった。母は9月にベッドから車いすに移ろうとして左足の付け根を骨折。ボルトを入れる手術を経て入院していたが、12月19日に退院し自宅で、この雪景色を見た。3ヵ月も骨折した足を引っ張って固定していたため、かかとには褥瘡(じょくそう)ができていた。最終的にはこの褥瘡が死の原因となった。9月に入院するまでは、平成13年に2回目の脳梗塞を発症した後も介護保険を使うことなく、自宅で父と私の2人で入浴や食事の世話などをしていた。母は購入した福祉車両や車いすで外出を楽しんでいた。しかし、骨折により身体の自由が利かなくなると入浴の世話は困難かと、介護保険制度居宅サービスを利用しようと、打ち合わせに来てもらった。ソファに座った母は穏やかな表情で、スタッフの方々と話をしていた。スタッフが帰ってから長いこと座っていたので、休もうと車いすに乗せ、ベッドまで行ったら心臓は止まっていた。まさに眠るような死だった。子どもの頃の母は健康優良児で表彰されたほどだったそうだが、私を難産で産んでからは身体が弱く病気がちとなり、私が成人してからは夜間救急に車で連れて行くことや入院も度々であった。結局、介護スタッフに「ここは良いところですよ」と話したのが母の最期の言葉となった。病気がちで無理して大変だったと思うが、やさしい夫に見守られて終の棲家で最期を迎えられ、その人生に満足していることが感じられ、母の死の悲しみが少し和らいだ気がした。

静岡県浜松市(北区) 堤茂子さん 66歳 家族・親族別れ悲しみ

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