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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年9月15日~10月31日

絶対に忘れない平成15年

平成15年は本当に大変な年であった。「昭和15年に生まれたから平成15年に死んでもいいな」と冗談を言っていた夫が、本当に死んでしまったのだった。わずか1年の闘病生活の末のこと。62歳であった。孫も生まれ、希望に満ちた筈の平成15年初詣は、がん封じ寺であった。今まで一度も入院したことのなかった夫が、初めての入院生活から解放され、ぜひがん封じ寺への参拝に行きたいと出かけていったのである。それから11ヵ月。がん封じ寺の威力の無いまま、夫は黄泉という遥かな国へ旅立ってしまった。「なんでだろう」というギャグが流行っていたあの頃、息子に逝かれた母や、父を亡くした子どもたちの誰もが「なんでだろう」と笑うことはできなかった。何も悪いことはしてないのに、なぜ死ななければならなかったのか。がんを呪い、運命を呪った。その頃、砂漠の国イラクでは戦争が起こっていたが、病室で毎日歌った「月の砂漠」はそんなこととは無関係に、ひっそりと旅立つ人を包んでいた。平成15年は、生きるとは何か、死ぬとは何かと問い続けた年であった。それから私は寡婦といわれる女となった。

愛知県安城市 永井江美子さん 70歳 家族・親族別れ悲しみ

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