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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年9月15日~10月31日

歩み続けた一年

この年の1月7日に、献血回数が411回になった。この時、赤十字から500回を目指してくださいと励まされ、健康だからこそできる献血なので、高齢になっても協力できるよう自らの健康第一だとあらためて決意をした。またこの年、転職をした。今までの経験を生かせるところでと、同じ業種に進んだ。営業という仕事は“外交戦”であり、ゆっくりする時間がないため昼は外食で済ますことが多かった。少しでも安くと、利用していたチェーン店が牛丼中止になった。牛海面性脳症(BSE)に伴う米国産輸入牛の禁止によるものだった。仕事では東北を担当することに。名古屋港から仙台港まで太平洋フェリーで渡り、仙台より車で青森へ北上。フェリーには初めての乗船であった。海上をゆっくり進む船のデッキの上で、朝日と夕日を眺めていると、地球の大きさに比べ小さな存在の自分にあらためて気づかされた。同じ仕事で、新潟県の担当にもなった。10月23日に新潟県中越沖地震が発生し、甚大な被害が出たが、奇しくもこの日私は新潟にいた。さっそく私が担当するお客様のもとへ飛び、地域の方々とともに初めてボランティア活動を体験した。この時の体験が、後に相次いで発生する災害の際に大いに役立った。何より心痛めたことは、この年、自殺者が過去最高を記録したことだ。その7割が男性と発表された。女性を守らなければならない男性が、自らの命を絶つ。生命の尊厳を無視した行為でありいら立ちを覚えた。反面、追い込まれ自ら氏を選ぶという人間の弱さに、どう向き合うか突きつけられたような気がした。やがて年も暮れようとする時、孫が耳に異常をきたし、京都医大で手術となったが無事に成功。生老病死を身近に感じた年となった。

岐阜県岐阜市 桐山桂さん 78歳 家族・親族会社・仕事就職・転職心身の変化悲しみ

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