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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年10月15日~11月30日

喧騒とは無縁だった万博の頃

平成14年、退職勧奨制度を利用して33年間働いていた会社を退職してから、非常な苦労をしてやっとの思いで就職できたのが平成16年4月であり、当時の社会保険事務所、今の年金機構であった。毎日、自分でも性格が変わってしまったのではないかと驚きながらの勤務であった。それまで人見知りをして人と接することが苦手だと思っていたが、次々に訪れる年金相談者と会話をし、そのさまざまな人生に驚き感心している間に一日が過ぎるという、本当に充実した毎日を過ごしていた。それでも、愛知万博が始まるということで何か関わりたいと思い、県の臨時職員の求人に応募して合格通知をいただいたのは、平成17年に入ってからであった。てっきり万博会場で働くことができると思っていたが、配属先は陶磁資料館、今の陶磁美術館であった。万博が始まると同時にリニモによる通勤が始まったが、藤ヶ丘駅のリニモの乗り場は大変な混乱で、乗り込むまでに1時間以上を要した。降りる駅は、万博に行く観光客と同じ駅であったが、ほとんどの人は万博会場を目指し、陶磁資料館に向かうのは私ひとりであった。陶磁資料館での仕事は入館者の料金計算などであった。2階の窓から万博会場が見え、その混雑ぶりも分かったが、同じ駅で降り歩いて10分ほどの資料館は嘘のように閑散としており、本当に暇な1日を過ごしていた。リニモの駅まで行って観光客にチラシなどを配布して入館者が増加するような努力をしてはどうかと提案したが、許されることはなく、暇な1日をどうして過ごそうかと悩んだものであった。だから万博が終わりに近づいた頃、以前勤めていた年金事務所に採用して欲しいと頼みに行った。幸い、突然辞めて迷惑をかけたにも関わらず採用された。

愛知県尾張旭市 浅野憲治さん 71歳 イベント会社・仕事就職・転職

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