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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年10月15日~11月30日

緑の風と電車の思い出

車社会になった。これに逆らえなくなったのだろう、名鉄谷汲線が10月から廃線になることが決まった。懐かしい気持ちで、通勤に使っていたときと同じ駅から電車に乗ってみた。ほとんどの座席が空いていた。線路のあちこちでは、多くの人たちが赤い車両の電車に向かって、カメラを構えているのが見えた。谷汲線は、岐阜市内を出発してから終点の谷汲駅に着くまで、山や田など全てが緑の風景の中を行った。田植えがされたばかりの水田に、赤い電車の姿を映す風景画を見たことがある。院展画家の小田野尚之氏の作品だ。横浜に住む人が、この風景を描くためにわざわざ訪れていたのだろうか。私が通勤に使っていた頃は、2両を連結した緑色の車両だった。車窓の風景に変わりはないが、車内はいつも満員だった。開け放たれた窓からは緑の風が吹き込んで、長く伸ばした女性の髪を乱していった。それをツンとすました顔をして、透けたような白い手で掻き上げていた。毎朝同じ駅から乗ってきて、通勤する女性だった。端整な顔立ちをしていて、家は織物会社のお嬢さんだと知っていた。私には、高嶺に咲く花、あいさつすら交わすことはなかった。そして、いつの頃からか、全く姿を見なくなった。通勤手段を変えたのだろう。この頃、日焼けした顔に、髪をショートカットにした女性が、いつも同じ車両に乗っていることに気づいた。思い切って声をかけると、すぐにデートができた。そして、彼女と結婚した。ハゼ釣りのように、糸を垂らした途端に食いついたのを、妻にしたと思った。今は、あの時に針から外れて、よくバラさなかったと胸をなでている。車を通勤に使う時代なら、無かった出会いだった。思い出に浸っていると、終点の谷汲駅に着いていた。降りた駅で歩くこともなく、来たときと同じ電車に乗って戻った。

愛知県北方町 大野博司さん 78歳 恋人家族・親族趣味・レジャー出会い

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