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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年10月15日~11月30日

縁側のある家

平成17年、定年退職後2年。自分史ではAT2と書く。待ち望んだ定年だった。にも関わらず、1ヵ月で無職に飽きた。やる仕事が無い毎日はこれほど虚しいものか。手続きの間違いから、年金の支給開始が半年遅れることになってしまい、差し当たりの生活費に困った。早くから定年への備えをしてきた人に比べて、覚悟も知識も甘かった。今さらそれを言っても始まらぬ、就職情報誌でパート勤務の鉄道会社の工場の仕事を見つけ再就職した。ひとわたり落ち着いた頃、妻が家を建てようと言い出した。考えたことも無かったが、チャンスかも知れない。子ども2人は就職した。両親も他界した。物価も安定していた。結婚3年目の昭和49年に建てた家は、オイルショックの真っ最中にあたってしまった。トイレットペーパー騒ぎが発端でモノ不足が深刻化し、コンクリートが無い、鉄筋が無い、釘が無い、瓦が無い、ベニヤ板が無い、職人がいないので瓦葺きも夫婦が会社を休んで手伝った。いわば思い出の家で、あんな苦労はもうこりごりだと思った。だが、縁側のある家がほしいという妻の希望が勝った。BT7(定年の7年前)、給料3割引のリストラに遭い、「もう居場所がない、会社を辞めたい」と言った時、「辞めてどうするの」と強く督励され、よろめきながら定年まで勤め果せた。こうして平成17年1月、縁側のある家が完成した。日向ぼこがてら、ここで夫婦2人だけの百人一首やら将棋やらをする。できるときが、一番良いとき。以後は全て楽観的に考えるようになった。家建ての効用のひとつかもしれない。

静岡県浜松市(西区) 犬塚賢治郎さん 75歳 家族・親族就職・転職新生活・引越

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