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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年10月15日~11月30日

本当に暑かった夏の日のこと

2018年の夏は、各地で40度を超える日もあるすさまじいものだった。わが家は、主人と高校生の娘、中学生の息子、そして小学生の娘の5人家族である。子どもたちが大きくなったのにも関わらず、リビングにはエアコンがなかった。これまで暑い夏は、エアコンのある部屋へ移動し、みんなで寄り添うように過ごしてきた。そんなわが家にも、この夏、リビングに待望のエアコンがやってきた。思い起こせば2006年、3番目の娘を出産する時も、夏の暑い日だった。庭の畑のジャングルから“おばけキュウリ”と呼ばれる、たくさんの巨大キュウリたちの映像がスマホの写メで私に届く日々だった。私は里帰り出産のため、愛知県豊田市の実家で上の子2人と共に過ごしていた。3人目の予定日は8月27日だった。本当に暑くて、ただただ辛くて、お腹ははちきれんばかりにパツパツなのに、産まれてきてくれる気配がなかった。28日、29日、30日と予定日が過ぎていく。暑かったけれど、1人目と2人目の教訓から、夕方過ごしやすくなってから歩く。ひたすら歩く。歩くと産まれやすくなるそうだ。近所のおばちゃんたちに、「あら、もうすぐね。楽しみだわね」なんて言われて、うれしい言葉のはずがなぜか半分苦笑いの私。もはや、お腹の赤ちゃんに会える楽しみを超えるぐらい身体が辛くなり、1日1日が長く感じた。そしてやっとその日が来た。9月5日16時ごろ。なんとなくお腹が張ったので、母に上の子2人を任せ、妹が産婦人科まで連れていってくれた。そこからは早かった。約3時間後、赤ちゃんに対面。「みゃーみゃー」とそれはもうかわいい泣き声で、私の手を握ってオッパイに這いつくばる。主人も仕事場から駆けつけ、一緒に出産に立ち会った。翌日、幼いお姉ちゃん、お兄ちゃんとご対面。3人並んで写真を撮った。このとき、もう一つ事件が。この1歳のお兄ちゃん、なんと水ぼうそうが治ったところだったのだ。皮膚が弱く、完治してからも水ぼうそうの跡がなかなか治らずいたので産婦人科におばあちゃんが、タオルでぐるぐる巻きにして連れてきてくれた。いい思い出だな。本当に暑い夏だった。

岐阜県垂井町 新井直子さん 47歳 家族・親族趣味・レジャー

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