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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年11月15日~12月31日

能登半島に思う

私の妻の実家は「口能登」と言われる能登半島への入口の町、石川県津幡町にある。私自身も勤務の関係で石川県金沢市に3年半暮らした。そんなこともあって、石川県は私にとって第二の故郷である。2007年3月25日、春まだ浅い石川県の能登半島を大きな地震が襲った。最大震度6強を記録した能登半島地震である。ニューステロップで地震発生を知った私たちは妻の実家の安否が気になったが、幸いにも津幡町は震度4で大きな被害は出ていないとのことであった。しかし、その後のニュースで能登半島各地のよく見た町や景色が報道されるにつれ、その被害の大きさに私たちは暗たんたる気持ちになった。能登半島には結婚前の妻とよくドライブに出かけた。結婚後は妻の実家を訪れた際に、まだ小さかった子どもたちを連れて、能登島にある水族館にも行った。能登はそんな思い出多い土地であった。地震から数年後、石川県の地元テレビ局が能登半島地震前後の輪島市の門前高校を舞台としたドキュメンタリーを製作し、後日、名古屋の伏見ミリオン座で放映され鑑賞した。私たちは涙なしではとても見られなかった。そして2017年5月、地震から10年間訪れることのなかった能登半島を、妻とともに次男が運転する車で、妻の父をともなって一周した。途中、輪島市門前町にあり地震からの再建半ばの總持寺祖院を訪ね、当時の被害の大きさに思いを馳せた。父も何十年ぶりかに訪れたとのことで感慨深げであった。ドキュメンタリーの舞台になった門前高校とは隣り合わせの場所にある。「能登はやさしや土までも」という大好きな言葉がある。本当に能登の人々はやさしく、能登の土地は海も山もどこまでもやさしい。

愛知県北名古屋市 内野敬久さん 60歳 家族・親族天候・災害趣味・レジャー悲しみ

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