年表

時代

年表

閉じる

平成作文~未来へ

本サイトは2019年12月20日をもって終了となります。今までご愛顧をいただき、誠にありがとうございました。

作文応募期間:平成30年11月15日~12月31日

孫が生まれた

お盆が近い暑い夏の盛り、私はたまたま夏休みが取れたので、出産後に退院した嫁と初孫が、マンションですぐ寝れるよう準備するのを手伝った。息子夫婦は、私が公務員であったため「長く休みが取れる」と思い、自分たちの子どもが8月に生まれてラッキーと思っていたらしい。ところが世の中は不景気で、公務員といってもそれほど長く休みを取れなかった。私は、老老介護の両親を抱えていたため、家を空けることができない。マンションの準備が整うと、嫁の母親が来るのを待って、私は両親のを待つ自宅へ戻った。息子の住む千葉県と愛知県は遠すぎた。やはり親子は、近くに住むのが便利かなと思った。孫はかわいいが、これからの将来を不安に思った。大阪では「くいだおれ」が廃業してしまったし、日本の景気は冷え込み、世界中の景気も不安定であった。そんな中で親元を離れ、息子夫婦は子どもを立派に育てられるのかなと不安にもなったりした。そんな不安も、初孫の無邪気な顔を見ると、応援する気持ちに変わった。嫁は孫の世話のたえ仕事を辞め、息子が1馬力で頑張っていた。遠くに離れていて何もしてあげられない親のもどかしさを痛切に感じた。嫁の実家は群馬県にあるが、嫁の母親が看護師をしているために、いざというときは無理して休んで来てもらえると思うが、なかなか思うようにいかないようである。私も、公務員で働いているため、思うように孫の世話のために行くことはできなかった。それでも息子たちは文句も言わず、黙々と頑張ってやりくりしていた。忙しい最中、ドラマ「篤姫」を見るのが唯一、私の楽しみだった。宮崎あおいさんの元気な生き生きとした篤姫が、同じ女性として働く私に勇気をくれた。赤塚不二夫さんの笑える漫画もストレス解消なっていたが、その赤塚不二夫さんが亡くなったのはとてもショックだった。初孫と冬休みに再会した頃には、子どもの成長の早さにびっくり驚いたものだった。自分の血の繋がった孫、何かとても不思議な気がした。縁があって、私の孫になって生まれてきたことを、私は大切にしなくてはいけないと思った。そう思うと、孫との時間を大事にしないといけないなと思った。

愛知県豊橋市 尾澤希久子さん 66歳 家族・親族出産・育児

  • facebook
  • twitter
  • line

平成20年の国内・海外の主要ニュースを見る