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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成30年11月15日~12月31日

江戸とわが町

三重県の東紀洲地方は昔から石造物の宝庫と言われていたが、未調査地域なのである。三重県教育委員会文化財保護室では平成19年度に県単事業で、20年には文化庁の国庫補助事業として調査をした。その中心となったのは県教委文化財専門の伊藤裕偉氏で、私も紀北町紀伊長島地区の調査担当の一人として末席を汚していた。そして平成28年8月には調査結果をまとめたのである。この中で思い出に残るのは、西長島の地蔵院墓地の「地蔵菩薩立像」と、三浦海蔵寺境内にある「地蔵菩薩立像」と、「庚申塔」(青面金剛立像)の三像はその石質や像刻は「江戸系石造物」であると専門家が判断したことである。江戸城下の寺院や墓地では何でもないが、東紀州では江戸系は数が少なく、紀北町ではこの三像のみという。どうしてなのか私は興味がわき、そこで気づいたのは私の住む三浦の盆踊りの唄であった。その一つの「念佛踊り」の文句である。その中の一節に「三浦の浜はドンドと鳴るよ、忠五郎船がついたやら」である。この忠五郎船は隣町の海野の江戸時代の回船問屋の舟である。当時、長島浦から木炭やヒノキ材を積んで江戸深川を往復していた。その帰り荷にこの石の地蔵を積んできたのであろうと思う。この問屋の御内儀さんは三浦から嫁いだ女性であったという。盆踊り唄の背後にはいろいろなものが含まれている。海野浦の回船問屋をやっていた浜口家には、当時の帆船の帆柱と帆の一部が残っているので、拝見させてもらった。帆は厚い麻布でできており、柱は直径で30cmぐらいの太さである。これで当地方の特産「長島炭」を江戸へ。江戸から石造物を運んできたことなどを知ったのである。今も江戸が生きている紀北町である。

三重県紀北町 中野朝生さん 82歳 会社・仕事

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