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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成31年1月15日~平成31年2月28日

父の認知症

「レビー小体型認知症です」と医者が言う。平成23年。私はその瞬間、何を思い、考えていたか覚えていない。前から様子が変だと思った。でも、自分の父が認知症とは。父は医者の薬をきちんと飲まない。薬を変えて調子が悪くなると、病院の先生に電話して、薬の分量を相談した。先生も外来中で忙しいのに、快く相談にのってくれ、とても感謝している。資格を取るために、アルバイトしながら勉強していた。認知症のことを知りたいが医学書では絶対に分からない。新書などの本を探して読んだ。しかし、当時はアルツハイマーのことしか書いていない。読んでも分からない。診療所の内科の先生に、「認知症のこと、全然分かりません」と訴える。先生も認知症に詳しくない様子で、「僕だって、分からないよ」と返してくる。認知症は、そんなに分からないものかと感じた。その後、ケアマネに、母の受け答えが、何となく変だと指摘された。母も軽度の認知症になった。渡辺和子さんの本に、「神は、その人に耐えられない苦しみをお与えにならない。ちゃんと逃げ道も与えてくださっている」という言葉がある。その逃げ道にすがった自分だが、時が経つにつれ、「なぜ、自分が辛い目にあうのか。のうのうと生きる人は弱いのか。苦しまないのか。弱い人はずるい」という思いが強くなり、この言葉が「きれいごと」に思え、キリスト教に疑問を持つ。父と母が大声で言い合う。勉強が進まず、「うるさい」と叫ぶ。父が、「出て行け」と暴言を吐く。ファミレスで勉強した。バイト先では自分の心と裏腹に笑って話す。バイト先が私の逃げ場だった。私は母に、「死ね」と罵る。ある日、バイト先で話していた時、笑うつもりが、不意に涙がこぼれた。その時に女性が私の肩に手を置いた。今までの自分の悩みが溶けていくのを感じた。泣いてもいい、強がらなくてもいい、と思えた。

愛知県岡崎市 山本敦子さん 49歳 家族・親族心身の変化悲しみ

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