年表

時代

年表

閉じる

平成作文~未来へ

作文応募期間:平成31年1月15日~平成31年2月28日

大震災の時間に母は手術をしていた

私は仕事を早退して、母の手術に付き添っていた。母の手術がもう始まる、私は待合室で父と娘と時計を見ていた。母の手術が2時半から2時45分になったと看護師が伝えてきた。前の手術の方が長引いたからだと言う。私は、まもなく母の手術が始まると思っていた。その矢先、待合室は、グラグラと揺れた。テレビの映像は、東北。家が流されていた。まるで悪夢を見ているようだった。グラグラグラグラと足元の揺れが続いた。壁の額縁が今にも落ちそうだった。待合室のテーブルの下に潜ろうかと思ったその時、 普段は寝たきりであまり動かない患者たちが、自力で車椅子に乗って続々と避難してきた。やっぱり人間は、いざという時はすごいパワーが出るのだなと呆気にとられていた。テーブルの下に、とても隠れるスペースなど無かった。健康な付き人は壁の花になって身を細めていた。そのうちに、看護師さんが患者の確認のため「大きな声で返事をして」と言って入ってきた。患者は名前呼ばれて、元気に返事をしていた。揺れが収まって看護師に付き添われ、患者は部屋へ戻っていった。また静かな待合室になったが、テレビの映像は悲惨なものだった。母の手術は、どうなったのだろう。中止になったのかなと思いながら看護師や医師の来るのを待っていた。その間、テレビで、津波の恐ろしさをひしひしと感じながら、家が流れていく様子、自然災害の恐ろしさを見るしかなかった。母は、この映像が流れている岩手県の出身だ。母の実家がまだ岩手県にある。親戚がまだいる。大丈夫だろうかと不安が頭の中をよぎった。時間が少し遅くなって、医師が「手術は成功しましたよ」と待合室へ入ってきた。本当に良かった。母の手術に安堵しながらも、母の実家が気になっていた。暗いニュースの中でなでしこジャパンの活躍にとても勇気づけられた。1ヵ月が過ぎ、母の実家が無事であることが分かり、安心したのだった。

愛知県豊橋市 尾澤希久子さん 66歳 家族・親族天候・災害心身の変化

  • facebook
  • twitter
  • line

平成23年の国内・海外の主要ニュースを見る