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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成31年1月15日~平成31年2月28日

私の3.11

東日本大震災が起きた時、私は9階建てのビルの5階にいた。民主党政権になり、年金記録を紙ベースで検証しようと300人以上のパートさんやフリーターさんが、そのビルで働いていた。画面に表示された紙ベースの年金記録と、コンピュータに入力されている年金記録が画面の半分ずつに表示されている。その記録が間違っているかどうかを比較する単純作業で、キーボードの音だけが支配していた。私は、年金に関する仕事を始めて8年目になり、数少ないベテラン経験者となっていた。厚生年金では、平均報酬金額を6月に定期的に改正し、コンピュータに登録していたが、6月以外でも標準報酬が大幅に変動した場合には、臨時的に改正し登録することができる。最高額の報酬金額を、登録されていた記録が翌月に最低額に改正されている記録は異常かどうか検討していた時、揺れが始まった。今までに経験したことがないほどの強い揺れと長い時間に驚いて、机の下に潜ろうかと考えたが、その時、話し合っていた誰もが落ち着いていたから、私も揺れが収まるのをジーっと我慢していた。これは大きな地震だと思い、家族の安否が気になったが、職場への携帯電話の持ち込みは禁止されていたから、連絡の方法がなかった。揺れが収まり、この程度なら被害はないだろうと考え、定時まで勤務した。帰路についたが、地下鉄もバスも普通に運行しており、被害は小さいと思い帰宅した。玄関に入ると同時に妻が「私のことが心配でないの」と怒った。「被害は無いだろ」と私が言うと、妻がテレビをつけた。そこに映された津波の映像は、現実のものとは思えず、映画の世界の出来事のように感じた。ただ呆然としていた。

愛知県尾張旭市 浅野憲治さん 71歳 天候・災害会社・仕事

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