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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成31年1月15日~平成31年2月28日

幸せの形

三島由紀夫の最初の記憶は、生まれた時の光景だと『仮面の告白』で書いている。産湯の盥(たらい)のふちに、射していた日の光を見ていたというのだ。私の記憶は、それほど遠いものではない。父が出征していて、弟がまだいなかったから、2歳位の頃だろう。一人で田の草を採る母に向って、手を伸ばし「おしっこ」とせがんだ。泥の付いた手で抱かれ、温かな膝から放った心地よさを、今も忘れられないでいる。幸せを形に表せば、あの時の光景だと思っている。この年の春、満93歳で母が亡くなった。最後の頃は、痴呆もあったせいか、わがままな言いようをし、家族を困らせた。何も分らなくなったと言って、泣く様子を見るのは辛かった。ようやく楽になれのではないか、という思いで合掌をした。最後の別れを言い、棺の蓋をするとき、戦後の苦しい時代を過ごしたさまざまなことが思い出されて、涙が止まらなかった。私の属する宗派では、遺骨を家の墓に埋葬するのと併せ、一部を本山の廟に納骨する。分骨する理由はよく理解できなかったが、手厚い供養の意味があるのかと、秋になって京都まで出かけた。阿弥陀本堂にお参りした後、売店のある付属建物に入った。急にトイレを借りたくなったからだ。トイレを探していると「お裏方様が通られる、道を空けて、そのまま動かないでください」と、大きな声でふれ歩く人がいた。皆が立ち止まって通路の端に寄り、それ以上、中に進むことができなくなった。参勤交代の徳川時代に、タイムスリップしたかのようだ。辺りのざわめきが収まりはじめた頃、目を閉じていると、野良着姿の母が姉さ被りの手拭いを取り、笑顔で頬を寄せて来た。この時私は、思いっきり手を伸ばし、「おしっこ」と言ったのを憶えている。

岐阜県北方町 大野博司さん 78歳 別れ悲しみ

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