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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成31年1月15日~平成31年2月28日

震災と大停電

3月初めに高校を卒業した娘が、高校の先生と富士の方へドライブに出かけた。前日から頭痛に悩まされていた私は、家でのんびりテレビを見ていた。突然、吐き気を伴うめまいに襲われた。自分がおかしくなったのかと思ったが、すぐに家が横に揺れているのが分かった。「地震だ」。ゆっくりと揺れているので遠方だと分かったが、大地震だと直感した。テレビで速報が入る。最初は人々が驚き、避難したりする街の様子が映っていたが、突然海から海岸に押し寄せる大きな津波、街中へ流れ込む濁流と逃げまどう車や人々に変わった。「逃げて、逃げて。お願い、助かって」。画面に向かって祈る体に力が入る。娘の携帯にかけるが連絡がつかない。「帰る」と連絡があったのが1時間前。海岸沿いを走っているだろうから、その1時間後に連絡がとれるまで生きた心地がしなかった。甚大な被害と犠牲者、原発問題などの爪跡を残した東日本大震災は、強く長く私たちの心に影を落とすことになった。震災から半年。電力不足の懸念があるため、日本中で節電が行われて、暑さもジメジメもみんなで少しずつ我慢の夏だった。9月に入っても残暑がまだ厳しいある日、台風が浜松を襲った。昼のニュースで台風情報を見ていたら、突然画面が消えた。停電だ。普段なら間もなく復旧するが、この日は待っていても電気が点かない。明るいうちは本を読んだりして気を紛らわしたが、暗くなってくると不安が生じてきた。明るいうちにスーパーへ行き、夕食用の弁当と翌朝用のパンを買う。日没後、暗い部屋で懐中電灯の光の中で過ごす。夫と娘から「帰りが遅くなる」との連絡あった。普段の夜は電灯が消えても、外には街灯や隣家の窓やカーテンから漏れる明かりがあり、テレビや生活音があるが、今夜は漆黒の闇と沈黙。音と光があるのが当たり前の生活を奪われた大震災の被害者のことが浮かんで涙が出た。電気が回復し、日常が戻った。本当に感謝。

静岡県浜松市(中区) 鈴木由起子さん 51歳 家族・親族天候・災害

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