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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成31年1月15日~平成31年2月28日

光が舞い降りてきた

2014年6月30日。じめじめした季節から少しずつ暑さが肌にまとわりつく頃、私のお腹に光が舞い降りてきた。29歳で結婚した私は、結婚すればすぐに子どもが生まれて当たり前のように、何人かの子どもに恵まれて日々慌ただしく過ごしているのだろうと、未来を期待していたが、現実は全く違った。初めはできなくても、それほど気にもせず、楽しく新婚生活を過ごしていたが、周りから「出産しました」と報告を受けるたびに辛く、素直に祝福できない自分がいた。そのうち妊娠することが私の全てになり、心身共に追い込まれ、何度も何度も検査薬を試し、何度も何度も泣いて、夫婦で話し合い離婚まで話が出たこともあった。子どもだけが全てでないことは十分理解しているつもりではいたが、やはり辛く長い日々を過ごした。そうしていくうちに日々は淡々と過ぎ、次第に私の気持ちも仕事復帰という方向転換とともに、期待や希望は別の方向へと向いて行った。主人も夫婦2人だけで過ごす人生もまた楽しいだろうと私の心に寄り添ってくれたお陰で、その後転勤した先で親友と思える大切な人にも出会え、日々悩むことは少なくなっていった。そんな時、ひとつの光が私の中に舞い降りてきたのだ。判明する前から、なぜか眠くて仕方なく、仕事中にうたた寝をしてしまうくらいだった。まさかこれが妊娠の兆候だとは誰も気付くわけもなく、私自身も生活の乱れだと思っていた。そんなある日、同じ職場の人から私が妊娠しているのではないかと言われたことがきっかけとなり、私は帰宅途中に薬局に寄り、検査薬を買った。私自身は妊娠していると思いもしなかったが、少しだけの期待を胸に検査をした。結果はすぐに分かった。今までは全く反応しなかった検査薬が、ハッキリとくっきりと私の妊娠を知らせてくれた。私は喜びと驚きに手が震える感覚を隠すように、何故かガッツポーズを小さく、しかし力強くしたのを覚えている。それから病院へ行くまで、毎日私は朝昼晩と毎回検査薬を試し、お腹にいる光が消えないように確認した。いまでもその検査薬は残してある。私の宝物だ。それからのことは想像通りの流れだった、妊娠に喜ぶ主人の姿や家族や周囲からの祝福に包まれ、幸せに穏やかに過ごした。本来なら妊娠よりも出産に対しての気持ちが伝わりやすく、感動や共感を呼ぶのかもしれない。しかし私は、長い間闇に飲み込まれ、幸せながらも心にいつも空いた埋められない穴に苦しめられ、埋めたくても埋まらない穴を塞ぐのに必死だった日々を書き留めておきたかった。世の中には、私よりもっと大変な思いをされ、辛い選択をされた方々がたくさんおられるだろう。しかし、私にとって長い道のりだったことは間違いない。2012年、私にとってとても印象深くとても不思議な1年だった。私のお腹に舞い降りた光は、翌年春、無事に私たちの元にとても重く、元気強く、光輝く男の子として産まれてきてくれた。2012年、私は悲しみや悔しさから希望と期待に変わった変動の1年だった。それから早6年が経つ今、私の横でお菓子を食べながら、好きなポケモンの話を熱心にしてくれる彼を横目に、あの頃を思い出し私は思った。2012年変動の1年から今までもこれからも私は変動の時間を過し、面白く幸せで、また感情を揺さぶられる人生を送るのだろうと。クスッと笑った私の顔を不思議そうに眺める彼の目に映る私を、2012年の私に伝えてあげたい。「大丈夫、あなたは幸せよ」と。

大阪府大阪市(北区) 平野香織さん 39歳 喜び家族・親族出産・育児

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