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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成31年1月15日~平成31年2月28日

志摩のめぐみ

うちの曾祖母は、101歳で亡くなりました。最後までしっかりしていて、とても謙虚で、私にとっては、感謝、感謝、感謝の大ばあちゃんです。私が嫁いだ志摩の国府には、槙垣に囲まれた敷地内で受け継がれてきた隠居制度がありました。本家に嫁が来ると、敷地内に隠居を立てて別居するという制度です。敷地内では大隠居、中隠居、本家がそれぞれに生活し、助け合い、「嫁の天国」といわれています。教員をして忙しかった私にとって、隠居のありがたさは語りつくせません。娘が生まれた時から、いつも大ばあちゃんは家に来て、子育てを手伝ってくれました。仕事に出るようになると、朝から晩まで、留守番をしてくれながら、家の夕食も準備してくれました。おかげで心配なく、仕事に打ち込むことができました。子どもたちが覚えた歌や手遊びは、大ばあちゃんが教えてくれたものでした。うば車に娘をのせて、保育所の送り迎えをしてくれました。送ってきた大ばあちゃんの方が保育所を離れがたかったと聞きました。下の息子の時には「ばあちゃんは抱っこができない」と言い聞かせ、いつも2人で歩いている姿を見ると、「さすが」だと思いました。大人になった子どもたちが食べたがる料理も、大ばあちゃんの作ってくれたものが多いです。戦時中に食べていたものや郷土料理、なかなか私には作れません。大ばあちゃんは、1月4日に亡くなりました。正月で帰省してきたみんなと会い、みんなが夕食を食べに大ばあちゃんのもとから離れた時に1人旅立っていきました。もっとしっかり感謝を伝え、みんなで大ばあちゃんを送ってあげなかったことが悔やまれます。今思えば、冬休み中に葬儀を終えることができる日程まで考えたのかなあと思うほど、見事な大ばあちゃんの最期でした。本当にありがとうございました。志摩というところは、おいしいものがたくさんあるところです。そして、この温かい暮らしが志摩のめぐみでもあります。

三重県志摩市 山口智津さん 57歳 家族・親族別れ

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