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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成31年2月15日~平成31年3月31日

忍び寄る魔の手

羽生結弦選手の完璧なまでの「パリの散歩道」。転倒はしたものの、キリッと立て直した「ロミオとジュリエット」の切ないまでの恋物語。今でもはっきりと蘇ります。ソチ冬季五輪。そして堂々の金メダル。しかしわれらが真央ちゃんも頑張りましたね。小さい頃からの素晴らしい成長ぶりを見守ってきたファンの一人として、フリー部門の「ラフマニノフ・ピアノ協奏曲第2番」の演技は重厚な空気を跳ねのけるようにトリプルアクセルを最初から成功させ、次々と3連続ジャンプもこなすとエンディングに向かって拍手の応援を背に8つのジャンプを無事すべて終えました。あの時の泣き顔は忘れられないでしょう。もう5年も経ってしまったのですね。華々しく幕を開けた五輪でしたのに、10月半ばより私は人生で一番辛い病のドン底に陥ってしまったのです。それは詳しく言葉にできませんが本当に何でも無いことから何と、この年の12月15日の日記には「右腕パンチ食らった状態。しびれ相当酷い、治らず続く」とあるように、初めの医院から次に紹介された病院へと薬の効果もなく次々と身体全体に病魔は広がっていくばかりでした。難病をほのめかす医師の言葉もありました。そうこうしているうちに不思議に思い始め、病む身体をおして検索と闘病の日々が始まったのです。幸い思考回路は侵されてはおらず、むしろ理路整然と薬の量は適切か、医師の処置状況を調べることができました。病状から病名の検索に明け暮れました。医師の「何でそうなったか分からない」という言葉に相当傷つきもしましたし、憤慨しました。そして突き止めたのです。投薬量が圧倒的に少なかった事実を。大人の適量の3分の1程度でした。これでは治るはずがありません。最後に診察した医師が証人です。私は今も初めの医院の医師を許せません。はぜ初歩的なミスを何度も繰り返したのか。2ヵ月のうちにみるみる痛みで身動きが取れなくなり生活の質は落ち、今までの活動はすべて停止に陥ってしまったのですから。無論、夜も眠れず衰弱していくばかりでした。そんな折、11月14日の中日新聞で平和の俳句募集の記事を見つけたのでした。外に出られない私でしたが、今できることはこれしか無いと思いました。

愛知県みよし市 石川芳子さん 65歳 心身の変化怒り

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