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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成31年3月15日~平成31年4月30日

働ける喜び

前年の年末、長年勤めてきた会社が倒産しました。ある日、全従業員が集められ、社長から「1週間後に会社を畳む」と宣言されました。まさかの事態に全員が放心状態に。それからの1週間は怒濤の日々でした。関係者への挨拶と説明、膨大な事後処理、荷物や資料の片付け。再就職を考える余裕もありませんでした。全てが落ち着いてからやっとハローワークへ。手続きを済ませ、失業手当もすぐに給付されると知りひと安心。しかし本当の問題はここからです。すでに40歳を過ぎ、特別な資格も技術も持たない身での再就職。妻と小さな子どもが2人おり、条件的にも妥協できない部分もありました。毎日ハローワークに通い、各種求人媒体を読みあさり、なんとか条件に合いそうな求人を見つけて応募。しかし書類選考で不採用。それを何度か繰り返した後、とある企業に運よく採用されました。しかしいざ働き始めると、面接時の内容とかけ離れた条件や勤務内容。いわゆるブラック企業でした。それでも家族のためになんとか頑張ろうと努力しましたが、1カ月ほどでギブアップ。再度就職活動する身に戻りました。数カ月後、また採用されましたが次は人間関係がひどく、毎日社内で罵り合いが繰り返される職場に耐えられず。結局またしても無職状態に。まさか再就職にこんなに苦労するとはと精神的にもかなり落ち込み、経済的にもひっ迫し、テレビで流れるノーベル賞授賞のニュースに、同じ人間でもこんなに違う人生になるのかと、人生で最も辛い時期でした。倒産から丸1年が過ぎ、相変わらずハローワークと神社での神頼みを繰り返す日々を送っていた時に、以前の同僚から「うちの会社に来ないか」と誘いを受けました。縁あって入社が決まりましたが、どうせまたダメになるんだろうと、後ろ向きな考えしかできないようになっていました。しかし働いてみると仕事内容も条件も最初の説明通り、人間関係も大きな問題はありません。良い会社を紹介してもらえたと大喜びしました。そのまま今に至り、細かな問題はありますが、とにかく普通に働ける状況に毎日感謝をしています。無職の辛さを嫌というほど味わった身には、愚痴を繰り返し退職をほのめかす同僚がかわいそうに思えます。今後も家族と会社のために頑張って、末永く勤めあげたいと思っています。今からノーベル賞をもらうことはできませんが、家族が健康で、普通の生活ができることが何よりの幸せだと、噛みしめています。

岐阜県各務原市 小川正高さん 45歳 喜び就職・転職悲しみ

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