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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成31年3月15日~平成31年4月30日

32年目の決断

平成27年当時は38歳でした。私と同じ巳年で、年齢がひと回り違いの山本昌投手はプロ入り32年目を迎えました。8月11日で50歳を迎えます。日本プロ野球界では誰も成し得なかった50歳での登板、勝利投手が期待されました。勝利投手が達成されれば世界最年長勝利投手でしたが勝利投手に手が届くことなくシーズン途中で引退を決断されました。昭和58年のドラフト5位で日大藤沢(神奈川)から中日ドラゴンズへ入団。甲子園出場は無く、特に野球エリートではありませんでした。同期入団には水野投手(元巨人)池山内野手(元ヤクルト)渡辺投手(元西武)がいます。与えられた背番号は34。チームも背番号も32年間変えませんでした。山本昌さんのプロ野球人生を振り返ると、1、2年目は登板はなく、3年目で消化試合で本塁打を浴び、4年目で左肘を故障。5年目はアメリカへの野球留学、8月に帰国後にプロ初勝利とチームを4度目のリーグ優勝へ導きました。10年目は17勝を挙げ最多勝と最優秀防御率。11年目は19勝を挙げ最多勝と沢村賞を獲得。14年目にはナゴヤドームが開場。初の開幕投手を務め勝利を挙げチームは最下位ながら18勝で3度目の最多勝と通算100勝を達成。25年目の8月4日には巨人を相手に勝利、通算200勝を挙げ7年後に引退を決断するまで19勝、通算219勝を挙げました。40歳過ぎても40勝を挙げた山本昌投手。ただ唯一の心残りは、日本シリーズでの勝利投手ではないでしょうか。プロ野球の現役平均年数は10年ですので、山本昌さんの32年は立派のひと言です。翌年3月の引退試合では「世界で一番幸せな野球選手」とスピーチ。私は「世界で一番長く背番号34を背負い続けた野球選手」としてギネス申請してほしいですね。プロ32年、50歳で引退を決断した山本昌さんに、いつか背番号34で監督として中日ドラゴンズに恩返しを願います。

愛知県常滑市 後藤章峰さん 41歳 流行・世相

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