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平成作文~未来へ

作文応募期間:平成31年3月15日~平成31年4月30日

老いの認め

老いを認めたくはないが、認めざるをえない出来事があったり、体に変化が起きたりしている。日記を1日でも付け忘れると、特別な出来事でもない限りほぼ思い出せない。七十路の私のスーパーコンピューター(?)はフリーズ寸前になる。昨日おとといの情報は記録されているのか、されていないのか。メモリーはどうなっているのだろう。さらにこれまでの情報がだんだんと削除されていく。子どもや孫からは、「何回、同じことを聞くの」と呆れられる。同い年の妻もしかりであるが、自分のことは認めなく私ばかりを孫たちと同調して責める。周囲の同年代の者も似たり寄ったりで、その話題で互いに慰め合い納得している。耳も遠くなったし、車の運転も危なくなってきたことを自覚せざるを得ない。以前はスーパーストアなどでバック駐車する時など、バックミラーのみで窓から覗いたことがなかった。それが自己満足でもあった。いつの日からか、少しだけ斜めになり白線内に並行に停めることができない。なぜだろう、真っ直ぐに、並行に停めたのにと苦笑している。過日こんなことがあった。隣町の商店街アーケードで月に数回の朝市がある。近隣の農家や漁業関係の方が、野菜や海産物を仮設の店舗に並べている。どの品も新鮮でありお値打ちである。近くには大きな寺院もあり、縁日気分も味わえるこの日は、いつも大にぎわいである。家内に誘われて久方ぶりに車で出かけた。臨時駐車場は帯状のように長くて狭い。車も頻繁に出入りしている。誰もが駐車するのに苦労している。私も駐車できるスペースをノロノロと探していた。「なにをノロノロしとるんじゃ」と、若夫婦の車から窓越しに怒鳴られた。怒鳴られた時は、ちょっとムッとした気分になったが、それほど腹立ちもしなかった。逆ににっこりと笑顔で返すことができた。数年前までは、私も恥ずかしいことだが高齢者の運転にはイライラしていた。若者と同じ思いを何度も体験してきたからだ。この日は、罪滅ぼしができたかのように不思議と清々しい1日となった。その若者も今の私の年代になれば同じ思いをする日が、きっと来るに違いない。昨今、高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違い事故の報道が多い。自分はまだまだそんなヘマはしないと思ってはいるが他人事でないことも理解している。いつの日か、免許証を自主返納したいと思っている。しかし、その決断ができるだろうか、今の私にはまだ自信がない。

三重県いなべ市 奥岡巌さん 75歳 喜び家族・親族趣味・レジャー心身の変化

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