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平成作文~未来へ

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作文応募期間:令和元年5月15日~6月30日

戦争の語り部として

昭和一桁生まれの私は、太平洋戦争の最中に幼少期を過ごした。当時は「欲しがりません。勝つまでは」というスローガンが風靡していた。戦争がますます激しくなる頃、父に召集令状が来た。入隊3日後、家族そろって面会に行ったが、すでに満州に行ったと聞かされた。9歳の私を筆頭に、6歳、3歳、生まれたばかりの子どもが残された。母は途方にくれて、子どもを道連れに鉄道自殺を図ったこともある。毎晩、私の横でしのび泣く母の声を聞きながらも、助ける術も分からず一人苦しみもがいていた。父の召集は敗戦間際で、内地に残っていた成人男性が根こそぎ動員された頃であったと思う。間もなく敗戦となり、日本国土は灰と化し、国民は草の根をかじり、ぬかダンゴを食べてかろうじて飢えをしのいだ。今、人生百年時代、高齢化を迎えた老人たちは皆戦争体験者だ。人間の生命の根源って何だろう。生きるエネルギーって何だろう。目を転じて世界を見ると、あちこちで戦争の火種がくすぶり続け、混沌としている。ましてや、現代は核の時代だ。二度と悲惨な戦争を引き起こしてはならない。戦争体験者として私は機会あるごとに子どもや孫たちに、そして地域の若者たちに、語り部として責任を果たしていきたいと思っています。

愛知県名古屋市(昭和区) 青山日出子さん 85歳

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